父 子 龍
                                 大道寺 高義

北 の 果 て で


 「お、おい!魚雷だ。魚雷がこっちに向かってくるぞーッ。」

そう叫びながら、一人の狼狽した兵士が、左舷デッキを背に大勢の兵士のいる方へ駆け寄ってきた。甲板でそれを聞いた他の兵士達は、大声をあげ駆け寄ってくる兵士とは逆に、左舷のデッキに向かって走りだした。すぐ近くにいた、三、四人の兵士がデッキに着き、海を覗き込んだその瞬間、「わぁーっ」とその兵士達の絶叫が響き渡り、直後に「ドドーン」「ドドーン」と爆発音が轟き、彼等の乗っている輸送船は大きく揺れた。

左舷デッキに集まって来た兵士のほとんどは、水しぶき混じりの爆風に吹き飛ばされ、海を覗き込み絶叫した兵士達は、肉片となってしまった。また、甲板上のほとんどの者達は、船の揺れに耐えられず、甲板に倒れ込んだ。鈴木芳郎も甲板にはいたが、最初に魚雷を発見した兵士の様を見て本能的に危険を感じ、その兵士と同じく右舷側に逃げたので、死なずに済んだ。勿論、甲板に叩きつけられるように転んだのは、他の者逹と同じである。俯せになっている芳郎のすぐ脇に、爆発時の破片が落ち、その後から人間の腕が落ちてきた。芳郎は一瞬顔を歪めたが、起き上がり、海に飛び込むために浮輪を探した。浮輪はすぐに視界に入った。芳郎は走った。

「ドドーン」

三発めの魚雷が打ち込まれた。芳郎が浮輪に手を掛けるのと、ほとんど同時だった。芳郎はまた甲板に叩きつけられたが、素早く起き上がると海に飛び込んだ。

「死なん。俺は絶対に死なんぞ。俺にはやり残した事があるんだ!」

芳郎は浮輪を片手に、陸に向かって泳ぎ出していた。三発の魚雷を打ち込まれた輸送船は、左に傾き始め、火災も発生していた。

兵士達が海に飛び込む音と、悲鳴にも似た叫び声だけが、芳郎の耳に入ってきた。芳郎が後方に目をやると、真っ黒な煙を上げながら、輸送船は左に大きく傾いていた。芳郎の後を沢山の兵士や船の乗組員逹が、たった十分程前に出向したばかりの、港のある湾に向かって泳いでいた。ふと気が付くと、芳郎の五十メートル程後方で、一人の兵士がもがくのもやっとの状態で、水面を浮き沈みしていた。水面を打つ、もがくその手に、力は無かった。沈みかけている輸送船からの距離は、四十メートル程で、船の沈没時にできる渦に巻き込まれる可能性は充分にあった。芳郎は一瞬戸惑ったが、その溺れかけている兵士を助けるために引き返した。何人もの兵士達とすれ違いながら、芳郎は溺れかけている兵士に、少しづつ近付いて行った。

「頑張れーっ。もうすぐ助けてやるぞー!」

芳郎が後5メートル程に近付いたときには、その兵士の顔は水面に浸ったままだった。

「おい、しっかりしろ。」

芳郎が抱え上げたその兵士の顔は、蝋人形のように白く、紫色に変色した唇だけが、異様に目立った。

「おい、大丈夫か?しっかりしろ。」

芳郎が思い切り背中を叩くと、その兵士の口から、多量の海水が溢れ出した。「ゴボ、ゴボ、ゴボ」「オエー」意識こそ戻さなかったが、どうやら息は吹き返したようである。芳郎はその兵士を仰向けにし、浮輪に頭を乗せ、脇に腕を回して抱え、再び湾に向かって泳ぎ出した。 輸送船はなり沈みかけていたが、芳郎質は辛うじて沈没時の渦に巻き込まれずに、その場を離れる事ができた。

 静かな海だった。それだけが救いだった。しかし、海水は骨を刺すような冷たさだった。湾口から、駆逐艦と呼ぶには、あまりにもお粗末な駆逐艦が出てきて、芳郎達の脇を横切って行った。駆逐艦が立てた波に、芳郎逹は二度、三度と大きく上下した。その後に漸く救助艇が駆け付けて来てくれ、ボートを下ろし、泳いでいる者達を、一人、二人と救助してくれた。芳郎は、さっき自分達が出港して来たばかりの湾が見えていたので、死ぬ気はしなかったが、自分が抱えている々兵士の事が心配だった。もう、息はほとんど無かった。

「おーい、大丈夫かぁ。」

ボートが彼等の傍らに着いたので、芳郎は抱えている兵士を、先にボートに乗せるように頼んだ。抱え上げられた兵士の下腹部は破れており、そこから小腸がぶら下がり水面に浮かんでいた。

「これはもう駄目だな。」 

誰かがつぶやいた。芳郎も引き上げてもらったが、体力を使い果たしたのと、自分が助けようとした兵士の死で、一気に脱力感に襲われてしまった。

死んだ兵士の腹から出ている、海水に洗われ、血の気が無くなった小腸だけが、異様に青白く光っていた。